インタビューInterview

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Interview 02

どのような環境であっても、子どもたちが夢を追いかける機会が平等にあっても良い。

山口県宇部市出身。現在は福岡市博多区美野島で『貞木行政書士事務所』(https://hb-gyosei.com/)の代表を務め、行政書士として活躍されています。貞木さんの事務所には、SOS子どもの村JAPAN発行の、ニュースレターやアニュアルレポート、募金箱を設置していただき、広報活動の一助を担ってくださっています。そんな貞木さんがSOS子どもの村JAPANに支援されるきっかけとなった、幼少期から現在にいたるまでのご経験など、さまざまなことを聞かせていただきました。

血の繋がりのある父親の暴力から逃れるために転々としていた日々。
そして、心から信頼できる新しい”お父さん”との出会い。

多感な少年時代を山口県宇部市にて過ごしました。宇部市は上場大企業である会社のある工業地帯で、とても活気のある地域でした。
ただ幼少期は、実父の暴力から逃れるために県内外の様々な地域を行ったり来たりする生活をしていたため、宇部市に住んでいたのは比較的短い期間でした。
当時の記憶はあまりないのですが、母子寮*1やシェルターといった、社会的養護の枠組みのなかで生活をしていたこともあります。
その後、母は兼業農家の男性と再婚し、生活の拠点を関西に移しました。母の再婚相手は、とても気さくな方で、“新しい父”と出会った事で大学に進学することも出来ました。血の繋がりはありませんが、自分の本当の”お父さん”だと思っています。

今でも忘れられない、夜の世界で出会った女の子たちの壮絶な家庭環境と生い立ちを目の当たりにした経験。

大学卒業後は法科大学院で学んだものの司法試験の壁は高く、弁護士になることは一旦保留にし、大手パチンコチェーン店に就職。神戸市内の店舗に配属された後も本社法務部への配属を目指し、働きながら行政書士の資格を取得しました。
その数年後、キャバクラ等のナイトビジネスを全国展開している大阪の会社に転職。希望であった法務部に配属され勤務していたのですが、そこで新たな転機が訪れます。
勤務していた会社が新規出店した店舗の応援に駆けつけると、なぜかそこで店舗運営業務を任されお店の切り盛りすることに。そこで出会った、女性たちのことは今でも憶えています。

輝かしい夜の世界で活躍する眩しいキャストさんたちの笑顔の裏には、想像を絶するような厳しい経験をしている方々がおられました。
家族を支えるために必死に働いている方や実の父親から虐待を受けていてとても苦しんでいる方、様々な家庭環境で生活するキャストさんたちのことを、今でも心のどこかで忘れられずにいます。

夜の街”中洲”に近い「美野島」という地域に
拠点を移して始めた、新しい仕事や活動。

自分は少し飽きっぽく3年も経つと新しい仕事がしたくなってしまうんですよね(笑)。
大阪の会社を離れたあとは全く違う分野である公務員(臨時採用の市役所職員)として勤務し、その後中山間地域でのまちおこし活動を担う「地域おこし協力隊」としての転職を期に、福岡へと赴任しました。
任期満了後はかねてよりの目標であった行政書士事務所を開業しました。福岡市内の繁華街に近い美野島や清川の地域にて、主にナイト産業や飲食店を経営されている方々をクライアントとしています。
行政書士の仕事のかたわら、地域の「まちづくり協議会」に参加し、商店街のイベントのお手伝いや地域清掃を行っています。また、LGBTQコミュニティで行われるイベント運営を手伝ったりもしています。

今後の展望と、SOS子どもの村JAPANの活動に共感する理由。

身近に感じる地域の課題への取り組みとして、ホステスさんやスタッフさん達、ナイト産業で働いている親御さんたちの役に立ちたいという思いから、子どもたちを安心して預けることができる”夜間保育園”の立ち上げに取り組んでいます。
他には、LGBTQコミュニティとのかかわりの中で、「いわれのない差別や区別をなくしたい」という思いも強くなってきました。
自己の性自認と、自分の好きな相手が同じ性別であるというだけで、婚姻届を出すことができなかったり、相続ができなかったり。病院の診察でパートナーの病気について聞くことすら許されない。就職がしづらかったり、会社勤めが難しかったり。
ひょっとすると自分はそういった日々の暮らしの中で感じる「理不尽さ」に対して、何とかしたいという感情を持っているのかもしれません。
だからこそ、そういう身近にある社会課題に対して向き合いながら活動しているSOS子どもの村JAPANの活動に共感し寄付を続けています。

子どもたちの未来を支えたい。

私は、新しい“お父さん”と出会うことで夢や希望を持つことができました。しかし、子どもはどのような環境で育っていようと、夢を追いかける機会が平等にあるべきだと思います。
だから、恐縮ではありますが、子どもがちゃんと夢を見ることができる社会をつくりたいと思っています。・・・夜間保育園が立ち上がるまでは、飽きっぽくても福岡からは離れられないですね(笑)

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