7周年記念行事に駐日オーストリア大使を迎えて

駐日オーストリア大使館のホームページにも取り上げて頂いた『子どもの村福岡設立7周年記念感謝の会』。

今回は、去る9月24日開催された、記念行事における、フーベルト ハイッス大使のご挨拶を紹介させて頂きます。

「本日は、子どもの村福岡7周年記念行事にお招きいただき、また、ここでお話しする機会をいただき、ありがとうございます。SOSこどもの村の国際的なネットワークは、今や130カ国以上に広がっています。これが、一人の方のアイデアから始まったということは驚くべきことです。

ヘルマン グマイナーさんのことです。彼は農家の大家族に生まれ、少年時代のまだ幼い頃に母を亡くし・そして、第二次世界大戦で、多くの子どもたちが親を失うのを目撃しました。
この痛ましい体験から彼は、助けを必要とする子どもたちには、家族と家庭を与えるのが一番だと強く確信したのです。ここで、SOS子どもの村のアイデアが生まれました。

最初の子どもの村は1949年、オーストリア、チロル地方の小さな村、イムストにできました。偶然ですが、私が生まれた村から数キロのところです。そこからアイデアは広がり、村はオーストリアからヨーロッパ、そして、60年代の初めからは世界中に生まれていったのです。

日本ではSOS子どもの村の活動が80年代から継続して行われてきましたが、最初の村はここ福岡に誕生しました。
昨年6月、SOS子どもの村福岡がSOS子どもの村インターナショナルの正式メンバーになったことを、私は非常に喜んでおります。将来へ向けてポジティブな影響が生まれると信じているからです。

この機会に、この意義深いプロジェクトを支えて来られた方々に敬意を表したいと思います。特に、多大な財政的支援をいただいた松尾新吾九州電力相談役様、行政から格段の協力をいただいた荒瀬泰子福岡市副市長様、福重淳一郎理事長様、坂本雅子常務理事様、責任を持って村を運営されておられる大場美徳村長様、そして、最後に,子どもたちにとって村が安全で安心できる環境であるようエネルギーと情熱を傾けて来られたすべてのSOSマザーの方々、SOSスタッフの方々にお礼を申し上げます。

これまでを振り返ってみると、自然災害や、つらい運命的な打撃によって家庭や家族を失ったこどもたちに、SOSこどもの村JAPANは、必要な援助を提供することができると思います。この組織のもう一つの重要なことは、児童福祉に関する日本政府の政策にポジティブな影響を与えたことです。

ヘルマン グマイナーのビジョンが,「すべての子どもに愛ある家庭を」を実現するために献身するすべての人々に生き続けていることを、私は大変うれしく思います。ありがとうございました。」