SOS子どもの村JAPAN|SOS CHILDREN’S VILLAGES JAPAN

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わたしたちの4つの活動

子どもの村での子どもたちの養育

SOS子どもの村JAPAN インタビュー

いつでも帰ってこられる場所に

子どもの村福岡の里親は「育親さん」と呼ばれ、様々な事情で実の親と離れざるをえなくなった子どもたちを自分の家庭に受け入れ、愛情いっぱいに育てています。2016年に育親となった田原正則さん。2人の男の子との生活は、「特別なことがなくても毎日充実している」といいます。自分の前向きな感覚を信じて、子どもたちと日々楽しく暮らす、田原さんの“里子の子育て”について話を伺いました。

子どもとしっかり向き合う

― 育親になるきっかけは何だったのですか。

僕は以前、長崎の児童心理治療施設で約10年間働いていました。児童心理治療施設というのは、虐待など不適切な養育環境にいたことなどで、心に傷を抱えてしまった子どもや、社会に適応できない子どもを受け入れ、治療しながら生活する施設のことです。そこで児童相談員として、子どもたちの生活全般をサポートしていました。
子どもたちの心の回復には、特定の大人との間に「愛着」といわれる信頼関係を築くことが大切なんです。でも施設では、職員が交代するので、子どもたちに「田原さん、帰るの?」「次はいつ来るの?」なんて言われていて。子どもたちと24時間一緒にいられたら、もっと早く治療が進むし、早く家庭に戻れるんだろうなと感じていました。そこである時、施設に寝泊りしてみたら、子どもとの距離がいっきに縮まって、子どもたちが落ち着いてきたんです。なにより、僕自身がすごく楽しくて。いずれは里親になりたいと考え始めた頃、「子どもの村福岡」ができたことを知りました。さっそく訪れてみると、子どもの村の養育環境が子どもたちにとって理想的だと感じて、ここで育親をやれたら、と強く思いました。初めはソーシャルワーカーとして採用され、育親や児童相談所など関係者間の橋渡し役をすることになり、僕にとっては難しいと感じることも多かったのですが、今思えばとても勉強になりましたね。昨年、育親にならないかと話をいただいた時はもう、やった!と。本当に嬉しかったです。

― 実際に育親になってみて、どうでしたか。

育親になってすぐに3歳の男の子、その半年後にもうひとり、3歳の男の子がやって来ました。子どもが里親との関係ができるまでに“委託後反応”といわれる反応を見せるのですが、二人ともその通りの過程を辿りましたね。最初はお利口さんにしていて、少しずつ「試し行動」というんですけど、親の注意を引くような悪いことをして反応を見るために、癇癪を起こしたり、物を壊したりして、この人が信頼しうる人なのかを探るんです。それをとことん受け入れていると、今度はもうすごい甘えが出てきて、赤ちゃん返りをして、やっと落ち着くんです。
僕が施設にいた頃は、これに1年位かかかっていました。でもうちの二人は、1か月間でぶわーっと通り過ぎていきました。それで僕、以前からこの最初の大切な時期にしっかり子どもと向き合うことで、早く落ち着くだろうと思っていたけど、本当に思っていたとおりだった!とわかって。ああ育親をやってよかった、と思いました。

あたりまえの日常を送ることの幸せ

― 普段の生活はどんな様子ですか。

今二人は幼稚園に通っていて、それ以外の時間は食事もお風呂も寝るのも、みんな一緒にやっています。子どもの村では、親が子どもと過ごす時間を十分取るために、家事や育児をファミリーアシスタントさんに手伝ってもらうこともありますが、それ以外は一般の家庭の生活と変わらないのではないでしょうか。
子どもたちを見ていると、どんどんできることが増えていってすごいなと思いますし、喧嘩していても何をしていても可愛いです。今、二人はベッドで寝て、僕はその下に布団を敷いて寝ているんですけど、朝起きたら必ず二人とも僕の布団に寝ているんです(笑)。育親になる前は、子どもたちにしてあげたいことを色々考えていましたが、今は、この平凡な生活の中に子どもたちがいて、一緒に生活を楽しんでいるということが、僕らにとって何よりも充実しているんだと思います。親として子どもたちの自立のことも考えなくちゃと思うんですが、まだ先だから今はこれでいいかって(笑)。

― 子どもたちと接するときに心掛けていることはありますか。

僕は、子どもたちが日々の生活を「楽しいな」と感じてくれたらいいなと思っています。子どもも僕も、たくさん笑顔でいたいなと。まあ、子どもたちと一緒にいれば、それだけで楽しいんですけどね。本当に他愛のないことですけど、食事の時に、子どもの苦手な食べ物があったら「よく噛んだら美味しくなるよ」と言って、みんなで食べて「あっ、本当に美味しくなった!」とか。
子どもが情緒不安定で、癇癪を起こしたり何か困らせるようなことをしたりもしますけど、自分自身の気持ちにゆとりがあると、疲れたりしんどくなったりしないんですよね。たとえば、水をばーっと床にぶちまけてあって、拭いたと思ったら他のところがべちゃーっとなってたりして、「もう、これいつ止まるんだろうな」なんて思いつつ、近いうちにどうせ止まるんだからいいやって。1か月後に「あれ、もう止まったの。思ったより早かったなあ」ということになる。よく人に「大変じゃない?」と言われるけど、僕は忘れやすいので。一瞬一瞬はきついかもしれないけど、一晩寝たら何できつかったか忘れちゃったって(笑)。それを自然にやっているみたいです。

新しい家族として

― 子どもたちにとって、田原さんはどんな存在なんでしょう。

うーん、お父さんでありお母さんでありお兄ちゃんであり。いろんな役割ですね。幼稚園の母の日の工作を誰にあげようかという話になって。本当のお母さんでもいいし、僕でもいいし、ファミリーアシスタントや離れているけど僕の妻もいる。子どもたちは悩みつつ、二人とも僕に贈ってくれました。僕にとって「家族」といえば、お父さんお母さんがいて、そこにおじいちゃんおばあちゃんもいたらいいな、というイメージもあるんです。でも子どもたちは、年齢にもよると思いますが、大人が思うほど周りとの違いや家族の形を意識していないかもしれないですね。自分がそこにいて安心して過ごせる場所で、あたりまえの家庭の営みがあるということが何よりも大切なのではないかな。ある時子どもたちと、悪いことをして警察に捕まったら、ここに帰ってこられなくなるかもしれないという話をしていたら、「僕いやだ!」と言ったので、ここがちゃんと帰ってきたい家になっているんだな、と嬉しかったです。いつか別れることがあるかもしれないけど、何かあったら気軽に戻ってこられる場所でありたいですね。僕がこれまで関わってきた子どもたちのなかにも、人生の節目に連絡してくれる人がいます。子どもたちとは、そんな関係が続けばいいなと思います。

― 子どもたちの将来をどう考えていますか。

やはり、子どもたちは実の親が育てられる環境になったら、帰るのがいちばんいいと思います。とまあ、頭ではわかっているつもりですけど、いざとなったらついて行きたくなるかもしれませんね(笑)。やはりその子との関係性が強くなってくると、里子であっても自分の子どもになっているので。僕は親バカなので、賢いなと思ったら「よし、九大近いし九大で博士号取って…」とか、運動が上手だと「あ、ソフトバンク入れるかも…」なんて、すぐに思っちゃうんですね(笑)。二人ともいいところをたくさん持っているので、得意なことをどんどん伸ばしていったらいいと思います。

一人で背負わず、みんなで育てる

― 子どもの村で里親をしてよかったと思うのはどんな時ですか。

子どもの人生を預かることは、気軽にできることではないですが、ここでは、他のスタッフや地域の方々など、たくさんの人に見守られています。だから、子どもを育てていくのは里親である自分の責任だけど、もし一人だったら抱え込んでしまうようなことでも相談できるし、「村の子ども」として一緒に育てていけるシステムが整っているというのは、安心できますね。家庭ごとに個性があって面白いし、そのなかでお互いを高め合っていけたらいいなと思います。僕は、ちゃらんぽらんなところがあるので、そこをきゅっと正してもらったりして(笑)。やっぱり仲間がいるというのは楽しいです。なにより、子どもたちも、たくさんの方に愛情を注いでもらえます。地域の方たちはいつも子どもたちのことを気にかけてくれていて、畑を貸してくれたり、「魚釣ったから」とおすそ分けしてくれたり、子どもたちの名前を覚えていてくれて、子どもたちも「○○のおじちゃん」と親しく呼んだりしています。そんななかで、子どもたちはこれからも安心して成長していってほしい。これからも僕は、子どもたちと一緒に、このあたりまえの日常を大切にしていきたいです。

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